読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

42歳若年性脳梗塞余命5年→多発性硬化症 入院生活26日間を終え退院

42歳サラリーマン。2015/11/26めまいで脳外科受診すると「若年性脳梗塞」で緊急入院。さらに痛風 糖尿 心筋梗塞 脳動脈硬化 全て直前状態。このままでは脳以前に余命5年との宣告。生き残るため肉体改造へ12/21まで26日間入院生活で10キロ減。現在の病名は「多発性硬化症」。ツイッターhttp://twitter.com/tahatsu112615

一週間で食の好みに変化

私は今満身創痍と言うが
何があったのか。
まず考えられるのは20代当時からの激変。

若い頃から酷い偏食だが食べる量も少なかった。
身長170cm後半で体重50キロ台後半。
完全に痩せ型だった。
妻のジーパンを間違えて履くことも出来た。

それが40代迎えた現在90キロ台へ激増。
体重はほぼ1.6倍。
まあ完全に異常。
病気にならない方がおかしい。
何故そんなことになったか。

15年近くヘビースモーカー。
1日3箱。
それをズバっとやめた。
30代半ばに。

それは良いと医師は言う。
だがやっぱり喫煙量が尋常でない。
その量はまあ脳梗塞不思議じゃないねと。
まあとにかくタバコは百害あって一利なしは間違いないと。
話を戻す。

禁煙後は飯が美味くてたまらない。
ただし偏食はそのまま。

どこへ行こうが食べるのは
ラーメン
カツカレー
ハンバーグ
コロッケ
牛丼

ほぼこれら限定。
完全にお子様か。
妻は料理好きだったが諦めていたという。

「死のカルテット」の数値が悪いと
医師は真っ先に妻を疑う。
私の妻もまるで悪妻扱い。
誤解だった。
彼女は料理好き。
こんな私を常に治そうと努力していた。
私が拒否し続けたのだ。
わざわざ嫌いな物など食べたくないんだよ。

友人の結婚式。
料理で食べられるものがほとんどなく残しまくり。
青い顔した一流ホテルのシェフが飛んで来たことすらあった。

いやー私の偏食がひどすぎなのです。
どうか気にせず。
説明が大変だった。

トラウマがあった。
30年前の小学生時代。
給食を残すと昼休み遊ばせない女性教師。
食べ終わるまで席を立たせない。
今なら大問題だろうが時代がそうだった。
耐え続け吐き気と闘う日常。
小学校卒業時の決意。
嫌いなものなど2度と口にしないと。

それから30年。
ほぼ好きな物だけローテーションで生きた。
あとはせいぜい酒の席のツマミくらい。
20代で1人暮らし始めた当初は食べ物に興味ゼロで
ひたすらポテチとコーラだけで生きていた。
サプリメントだけで生きていければいいと考えていた。

そして禁煙後は突然食べる量が激増。
今思えば摂取カロリー4000kcal超か。
しかも栄養バランス考慮ゼロで。
あっと言う間に体重激増。

妻はデブは嫌いと
変化した私を常に嘆いた。
私はうそぶいた。
病気になれば嫌でも痩せると。
結果その通りになった。
まだ痩せてないけど。

私自身デブの定義を知らなかった。
もっと言えば
健康なデブと不健康の違い。
元からガッシリは問題が少ない。
最悪が私のように若い頃からの激変だったのだ。

しかし人間は変えられる。
このままだとあと5年で死ぬ。
そんなこと言われれば嫌でも変わる。

最初は確かに涙目まじり。
食べ終われば即必死に歯磨きした。
数日でいつの間にか苦が少なくなった。
『病院で出るものは身体にいいものばかりに決まってる』
理性で本能を克服する。
そしていつの間にか本気で美味いと思えるようにすら。

どこへ行っても同じ物食べてた私。
人生を損していた。
今痛切に思っている。
退院したら全国ご当地旬の物食べたいなあと。
もちろんカロリーだけ気をつけて。

この変化を一番喜んでいるのは妻。
入院当初絶望していた
責任を感じていたという彼女が
『入院して良かったこともあるね』
と笑顔で言ってくれる。